前回に引き続き、米国食品医薬品局(FDA)の医薬品評価研究センター(CDER)が25年1月に公開した総括レポート『New Drug Therapy Approvals 2024』から、希少疾患用医薬品指定(Orphan Drug Designation)を受けた新有効成分含有医薬品(NMEs)(以下、オーファン薬)を紹介する。
24年に承認されたNMEs全50品目のうち、オーファン薬は26品目と半数を上回る。うちFDAがレポート内でFirst-in-class(FIC)とするものが17品目、Breakthrough Therapy(BT)指定薬が13品目だった。
今回は、❶モダリティ、❷標的の観点から注目の新オーファン薬および❸開発企業とその技術、さらに❹新たな治療選択肢を得た希少疾患を紹介する。
(1)注目のモダリティ
■胆道がん、肺がんを対象とした二重特異性抗体
二重特異性抗体(BsAb:bispecific antibody)は、以下の3品目である〈表1〉。24年に、非オーファン薬で承認されたBsAbはなかった。
各品目開発の経緯を見ると、必ずしも米国内企業の技術だけで実用化にこぎつけたものとは限らないことがわかる。また、BsAbのみならず三重特異性抗体や抗体薬物複合体作製を見据えた抗体作製プラットフォームを持つ企業もあり、開発競争のさらなる激化が予想される。
【ザニダタマブ/Ziihera、Jazz(本社アイルランド)】24/11/20承認。注射剤(点滴静注)。
●適応疾患・対象:「以前に治療を受けた」「切除不能または転移性の」HER2陽性〔免疫組織化学染色スコア(IHC)3+〕胆道がん(BTC)の成人患者。
胆嚢がん、肝内胆管がん、肝外胆管がんなどのBTCは、世界中の成人のがんの1%未満を占める。予後が悪く、転移性の場合は5年生存率が5%未満。「切除不能または転移性のHER2 陽性 BTC」の患者は治療の選択肢が限られており、承認された治療法もほとんどなかった。
●結合標的・作用機序:HER2(ヒト上皮細胞増殖因子受容体2)の2つの細胞外ドメイン。
同剤がHER2 に結合すると、腫瘍細胞表面の受容体が減少し、内部移行が起こり、補体依存性細胞傷害(CDC)、抗体依存性細胞傷害(ADCC)、抗体依存性細胞貪食(ADCP)を誘発する。
●開発企業・技術:Jazz Pharmaceuticalsは、アイルランドに本拠を置くバイオ医薬品企業(03年切設立)。カンナビノイド由来医薬品のほか、睡眠障害、てんかん、がんなどの領域の医薬品開発を手がけ、世界40ヵ国以上で承認されている。ザニダタマブは、創製したZymeworks(カナダ)とのライセンス契約に基づき、Jazz と BeiGene(米国)が開発。
Zymeworksが同剤に用いたのは「Azymetric」抗体技術。IgG 様抗体の重鎖と軽鎖における独自のアミノ酸修飾を核とするプラットフォームで、「単一特異性(単一ターゲット)抗体を、代替ターゲット結合形式を持つ多重特異性抗体に変換できる」「独自の補完技術を通じて治療効果を高めるようにカスタマイズできる」「Azymetric抗体は複数のシグナル伝達経路を遮断し、腫瘍に免疫細胞を誘導し、受容体のクラスター化と内部化を促進し、腫瘍特異的な標的化を増強できる」と謳う。抗体薬物複合体(ADC)や多重特異性抗体治療薬(MSAT)を含む多機能治療薬のパイプラインを持つという。
【ゼノクツズマブ(通称“Zeno”)/Bizengri、Merus(本社オランダ)】24/12/4承認。注射剤(点滴静注)。
●適応疾患・対象:対象は「ニューレグリン1(NRG1)遺伝子融合が存在」かつ「全身療法中または治療後に疾患が進行」かつ「進行性、切除不能または転移性」の、非小細胞肺がん(NSCLC)および膵臓腺がんの成人患者。
NRG1融合遺伝子は、「CD74-NRG1融合ポリペプチド」を生じる変異。乳腺、神経、筋肉などの細胞を活性化させる作用があり、がんの発生や増殖に関与。肺がん、膵臓がん、その他の固形がんに認められている。
●結合標的・作用機序:腫瘍細胞を含む細胞表面に発現する HER2およびHER3 の細胞外ドメイン。
HER2:HER3 の二量体化を阻害し、NRG1(タンパク質)が HER3 に結合するのを防ぐ。また、細胞増殖に関わるホスファチジルイノシトール3-キナーゼ/プロテインキナーゼB/哺乳類ラパマイシン標的タンパク質経路(PI3K/AKT/mTOR経路)を介した細胞増殖とシグナル伝達を減少させるとともに、ADCCを媒介する。
●開発企業・技術:Merus N.V.はオランダに本拠を置くバイオ医薬品企業。❶BsAbを作製する「Biclonics」、❷三重特異性抗体を作製する「Triclonics」、❸抗体薬物複合体(ADC)を作成する「ADclonics」技術を持ち、全体を「Multiclonics」プラットフォームと称している。
“Zeno”は❶を用いて実用化された初めての薬剤。同社によれば、❶は「重鎖と軽鎖の正しいペアリングを強制するためのリンカーや修飾を必要とせず、機能性を追加するための融合タンパク質も不要であり、他の多くの二重特異性抗体形式とは一線を画す」。また、「高い収率で確実に製造できる」という。“Zeno”商業化の権利については、24年12月のFDA承認に先立ち、米国の総合バイオ医薬品企業Partner Therapeuticsと独占的ライセンス契約を結んだ。
【タルラタマブ/Imdelltra、Amgen】24/5/16承認。注射剤(点滴静注)。
●適応疾患・対象:「プラチナ製剤による化学療法中または化学療法後に病勢進行した」進展期(extensive stage)小細胞肺癌 (ES-SCLC)の成人患者。ES-SCLCの治療法として初の免疫療法(T細胞誘導療法)薬。
●結合標的・作用機序:腫瘍細胞を含む細胞表面に発現しているデルタ様リガンド(DLL3)と、T 細胞表面に発現しているタンパク質複合体CD3 の両方に結合する二重特異性T細胞エンゲージャー。DLL3を発現するSCLS細胞を標的とするT細胞を活性化することで、細胞溶解性の免疫シナプス〔抗原提示細胞とリンパ球(T細胞やNK細胞)が接触したときに形成されるリング状構造〕ができて、がん細胞が溶解する。
なお、“engage”とは、T細胞と癌細胞に同時に結合・橋渡しし、T細胞が腫瘍細胞を認識して攻撃するよう“リダイレクト”してT細胞の細胞傷害活性を誘発し、癌細胞を殺すことを意味する。
●開発企業・技術:同剤は、Amgenの二重特異性T細胞エンゲージャー(BiTE)技術で作製。
BiTEは、Amgenが12年にドイツに本拠を置くMicrometを子会社とした際、白血病治療薬ブリナツモマブ(ビーリンサイト Blincyto)とともに取得し、同技術の特許を保有する。BiTEは患者自身のT細胞をあらゆる腫瘍特異抗原にエンゲージするように設計された標的免疫腫瘍学プラットフォームであり、T細胞の細胞傷害能を活性化して検出可能ながんを排除する。Amgenは「血液悪性腫瘍で高い有効性を実証したほか、タルラタマブの承認により固形腫瘍でも有効性を示した」としている。